ヴァレンタインSS 〜アルヴァイン〜


【!!『王様ノ蝶』本編プレイ後にご覧になることをお奨めします!!】


後宮の一室。ウカの部屋で、今日も昼間から仕事を持ち込んでいたアルヴァインにお茶をさせることに成功した。
最初こそ、アルヴァインに強制的に息抜きをさせるべく、ウカが奮闘して勝ち取ったお茶の時間も、
最近は、おだやかな日課となりつつある。


2月の半ば。木々の枝先がゆっくりと膨らみ始めている。
窓の外はまだ寒々しいが、部屋は暖炉の温もりと、紅茶の湯気、お茶菓子の甘く優しい香り、
そんなものに満ちている。


【アルヴァイン】
「…………チョコレートをご存知ですか?」


唐突にアルヴァインが切り出した。
しかし、頭の出来がよ過ぎる彼が、凡人のウカにとって何かと唐突なのは今に始まったことではないので、
特に気にしない。


【ウカ】
「知ってるよ?」


【アルヴァイン】
「……お好きですか?」


【ウカ】
「うん……? うん。好きだよ。ここならいつでも食べれるんだろうけど、
普段は滅多にお目にかかれないからそんなに食べたことは無いんだけどね」


【アルヴァイン】
「……好きなんですか……」


【ウカ】
「……好きだよ?」


【アルヴァイン】
「そ……そうですか……」


アルヴァインは、器用なナイフ使いで皿の上の菓子を細切れにしているが、一向に口には運ばない。


【ウカ】
「なんなんだ……?」


唐突な切り出しは気にならないが、アルヴァインのこの挙動はさすがに気になる。


【アルヴァイン】
「い……いえ、別に。
特に意図はありません。今のは、人間関係を円滑にするための、社交としての日常会話であって、
例えばチョコに関する嗜好やそれに纏わる事柄を議論しようという試みではなくってですね……
一般的に言われる……その、世間話や、そういう益体もない会話でしかありません。深い意図はないですから」


【ウカ】
「………………そう」


【アルヴァイン】
「はい」


アルヴァインは細かく刻まれた菓子をきちんと平らげて、仕事に戻った。


アルヴァインは、その後、一日中、どこか落ち着きなく過ごしていたが、ウカはそれ以上深く追求もしなかった。
でも、やはり気になるものは、気になる。


【ウカ】
(チョコレート……? チョコレートが食べたかったのか?)


アルヴァインの考えることは未だによくわからない。
しかし、お菓子に関する注文は書面にまとめて投げてくるくらいの遠慮の無い人間だから、
それなら普通に催促をよこしているだろう。


【ウカ】
(……エーリに聞いてみるか……)


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【エーリ】
「ヴァレンタインですね。それしか考えられません。
まさか、あの陛下が……そんな俗っぽい事柄にお心を奪われるとは流石のエーリも驚きを隠せませんが……。
最近の陛下であれば、納得できないこともないです……が、しかし……ウカ様の影響力とは恐ろしいですね」


【ウカ】
「俺のせいなの……?」


【エーリ】
「他に原因と考えられるものがありますか?」


【ウカ】
「…………心境の変化とか?」


【エーリ】
「……それもまた、結局は、ウカ様が原因なのでは?」


【ウカ】
「……そうなるのか……?」


なんだか納得いかないが、エーリの自信満々の言いように気圧されておくことにした。


【エーリ】
「失礼致しました。ああは申し上げましたが、僕は喜ばしい変化だと思います。
是非、陛下のご期待に答えて差し上げてくださいませ!」


【ウカ】
「……ヴァレンタインか……」


しかし、既に日も暮れている。今日中に贈り物としてのチョコレートを用意するのは無理があるだろうか……。


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結局ウカがその日中に……と、用意できたのは、一杯のホットチョコレートだった。
それだって、後宮の厨房、そこのメイドに頼んで、城中からどうにかこうにかして譲り受けたものだ。
正直、恥ずかしいお願いだったので、こっそり頼みにいったつもりだったが、メイドに一言お願いしたら、
瞬く間に話が広がって、
城中へと伝わったと言う方が正しい。


ともかく、ありがたいことに、なんとか用意できたそれを、就寝前にアルヴァインへと渡せる運びになった。


【ウカ】
「……あの、これ……、これしか出来なかったんだけど……」


【アルヴァイン】
「…………?」


暖炉の前のソファにもたれて、読書をしていたアルヴァインが、甘い香りに顔を上げた。
ウカが用意したものを見て声を上げて、立ち上がり、その拍子にばさりと本が落ちる。


【アルヴァイン】
「……えっ!!」


【ウカ】
「えっ!?」


アルヴァインの常なら無い慌てぶりに、ウカもつられて声を上げてしまう。


【アルヴァイン】
「な……なんでですか!」


【ウカ】
「な、なんでって……今日、ヴァレンタインだろ?
チョコが欲しくて一日中チラチラしてたんじゃないのか?」


ウカは勢いで、言わなくていいことをつるっと言ってしまう。


【アルヴァイン】 
「ち、ちがいます……! そんなこと一言も言って無いです!」


【ウカ】
「確かに明確に言葉としては言って無いけど、それ以外でめいいっぱい言ってたよね?」


【アルヴァイン】
「言ってません! 非常に心外です! 私は……!」


【ウカ】
「いや、そんなに否定しなくても……別に恥ずかしいことじゃないだろ? 
そういう……関係だし……」


【アルヴァイン】
「違います。完全なる誤解です」


【ウカ】
「そこまで言うなよ……、なんだよ……いらなかったのか?」


ウカはしおしおとカップをテーブルにおいた。


【アルヴァイン】
「そういうわけでは……」


【ウカ】
「別に、いらないならいいけど……自分で飲むし……」


【アルヴァイン】
「あっ……!」


【ウカ】
「?」


【アルヴァイン】
「あの……ですから……、私が聞きたかったのは、貴方がチョコが好きかということで……」


【ウカ】
「……うん?」


【アルヴァイン】
「……」


【ウカ】
「……」


【アルヴァイン】
「……そのホットチョコは、私が飲みます!!」


【ウカ】
「……そ、そう? どうぞ」


アルヴァインのどこか切羽詰ったような剣幕に、ウカは言われるままにカップを差し出してしまう。


【アルヴァイン】
「……ごくっ」


アルヴァインは、そっと一口だけ飲んですぐにカップをおいた。


【アルヴァイン】
「……飲みました! 美味しかったです! 残りも全部飲みますから、勝手に飲まないでくださいね!」


【ウカ】
「……う、うん」


【アルヴァイン】
「ヴァレンタインに、貴方から、チョコをもらったので、私もそれを返すのが礼儀でしょうか!
それが、礼儀というものですよね!」


【ウカ】
「……え? 別にそんな気にしないでいいよ? 喜んでもらえればそれで十分で……」


【アルヴァイン】
「……なんでですかっ!!!」


【ウカ】
「……えっ!?」


【アルヴァイン】
「わ、私にチョコを渡しておいて、自分は逃げるつもりですか! 卑怯……れ、礼儀がなっていませんよ!」


【ウカ】
「……? …………」


【ウカ】
(ああ……そういう……)


ウカはここに来て、ようやく事態が飲み込めてきたが、今度は笑いをかみ殺すのに難儀した。


【ウカ】
「じゃ、じゃあお返しが欲しいな……?」


【アルヴァイン】
「そ、そうですよね……! あ、あの偶然……いや、ちが、あの……、
そう、自分で食べようと思っていたのですが……あ、そんなあり合わせを渡すなんてマナー違反ですよね……
あの……――」


アルヴァインは嬉々として小さい包みを持ち出したはいいが、すぐにその喜色は霧散し、
歯切れ悪くごちゃごちゃ言い始める。


【ウカ】
「俺の為に用意してくれてたのか? ありがとう! 嬉しいよ!」


言葉を遮るように、ウカが先手を打ってやると、アルヴァインは複雑な顔をして黙りこくった。
しかめ面のような、何か変なものを食べたような、なんともいえない顔で、小さな包みを弄くっている。


【アルヴァイン】
「…………」


【ウカ】
「…………」


【アルヴァイン】
「…………嬉しいですか?」


【ウカ】
「もちろん!」


【アルヴァイン】
「……馬鹿らしいって、思わないんですか?」


アルヴァインは、普段、ウカの野暮ったい庶民のあれこれにいちいち文句をつけている。
その彼が、こういった事に自ら参加するのは、確かに不思議はあるが、ウカはそれを笑おうとは思わない。


【ウカ】
「なんで? ほんとに嬉しいよ」


っていうか、やることもやってて、今更こんなことでこれだけ盛り上がれるアルヴァインは、貴重だ。
大事に育てないと、とウカはよくわからない使命感に駆られる。


【アルヴァイン】
「実は…………今更、こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないのですが……」


アルヴァインは大事な告白をするように重々しく口を開いた。


【アルヴァイン】
「実は、これは、ちゃんと、貴方の為に用意したものなんです」


【ウカ】
「う……うん。ありがとう……! 信じるよ! ちょう信じる!
俺こそあり合わせでごめんな? お返し頑張るから!」


【アルヴァイン】
「は……はい! でも、私も頂いたのですから、お返しでき……しないといけませんね!」


【ウカ】
「ホットチョコレート一杯で、図々しいけど、楽しみにしてるよ」


【アルヴァイン】
「そ……そうですか? では、ご期待に沿えるようにしましょう」


アルヴァインはどこか弾みそうになる声を抑えて、ホットチョコレートをちびちび飲んだ。
その横で、ウカは小さい包みを開く。
2月の半ば。窓の外の夜空はしんとした藍色が寒々しいが、部屋は暖炉の温もりと、ホットチョコレートの湯気、
甘く優しい香り、そんなものに満ちていた。


【END】